介護付き有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅などの高齢者施設では、入居者の安全や健康はもちろん、 「安心して暮らせる生活環境づくり」が経営の重要なテーマになります。バリアフリーや人員配置、医療連携といった体制整備に目が向きがちですが、 実は入居者が一日の多くを過ごす「空気環境」も、快適さや健康状態に大きく関わるポイントです。
高齢者は、若年層に比べて呼吸器や免疫機能が弱く、空気中のホコリや乾燥、ウイルス・細菌、カビ、ニオイなどの影響を受けやすいと言われます。 そのため、施設経営の観点からも、空気環境をどう整えるかは「見えにくいが無視できない経営課題」といえます。 そこで近年、老人ホームや介護施設での導入が進んでいるのが空気清浄機です。
本記事では、老人ホーム経営という視点から、空気清浄機の役割、導入メリット、機種選定や運用のポイントを整理します。
高齢者施設で空気が汚れやすい要因
まずは、高齢者施設ならではの「空気が汚れやすい理由」を確認しておきます。一般家庭と比べて、以下のような特徴があります。
在室時間が長く、人の密度が高い
入居者は一日の多くを施設内で過ごし、フロアや居室の在室時間は非常に長くなります。さらにスタッフの巡回や介助、面会なども加わり、 「人が絶えずいる」状態が続きます。その分、呼気・体温・皮膚片・衣類の繊維などが空気中に滞留しやすくなります。
換気がしづらい構造や気候条件
高齢者施設は安全や温度管理の観点から、窓を開けづらい構造や運用になっていることも少なくありません。 また、真夏や真冬は窓開けによる換気を控えざるを得ない場面も多く、空気の入れ替えが不十分になりがちです。 このような環境では、二酸化炭素や微粒子、ニオイがこもりやすくなります。
生活臭・排泄臭・医療臭の混在
食事、排泄、入浴、リハビリなど、日常生活に由来するさまざまなニオイが施設内には存在します。 おむつ交換やトイレ介助、口腔ケア、処置に使う薬品や消毒液のにおいなどが混ざり合うと、 入居者や家族、スタッフにとって「なんとなく不快」と感じられる空気環境になってしまうことがあります。
ホコリ・カビ・ウイルス・細菌への不安
高齢者はちょっとした感染症が重症化するリスクが高く、インフルエンザやノロウイルス、肺炎などの集団感染は、施設経営にとって致命的なダメージとなりえます。 目に見えないウイルスや細菌、カビ胞子などへの対策は、経営上のリスク管理としても非常に重要です。
空気清浄機が果たす役割
空気清浄機は、ファンで空気を吸い込み、内部のフィルターで汚れを捕集して、きれいになった空気を再び室内に戻す機器です。 高齢者施設での活用を考える際、以下のような役割が期待できます。
ホコリ・花粉・微粒子の低減
高性能フィルターを備えた空気清浄機は、空気中のホコリや花粉、ハウスダスト、カビ胞子などを効率よく捕集します。 これらの微粒子は、咳や鼻水、目のかゆみだけでなく、慢性的な気道への負担につながることもあります。 特に呼吸器疾患やアレルギーを持つ入居者にとって、空気中の微粒子の量を減らすことは、体調管理の一助となりえます。
生活臭・排泄臭などの軽減
脱臭フィルターを搭載した空気清浄機であれば、排泄臭やおむつ交換時のニオイ、加齢臭、調理臭、薬品のにおいなど、 さまざまな生活臭を和らげることができます。完全にゼロにはできなくても、「フロアに入った瞬間の印象」を改善することができます。 これは入居者・家族・見学者にとって大きな安心感につながります。
空気のよどみを減らし、快適性を高める
空気清浄機の稼働により、室内の空気が循環しやすくなり、よどみが生じにくくなります。 空気が動かないエリアは、ホコリやニオイが溜まりやすく、不快感や不衛生な印象を与えます。 共用スペースや食堂、機能訓練室などでは、空気の流れを意識した配置が重要です。
空気清浄機の限界と注意点
空気清浄機はあくまで「空気中の汚れ」に対する設備であり、万能ではありません。 経営側として導入を考える際には、限界や注意点も理解しておくことが大切です。
換気の代わりにはならない
空気清浄機は二酸化炭素濃度を下げたり、新鮮な外気を取り込んだりする機能は持っていません。 したがって、窓開けや機械換気による「換気」は、引き続き必須です。感染症対策や熱中症対策の観点からも、 適切な換気計画の中に空気清浄機を組み込むという発想が必要になります。
接触感染・表面の汚れには別途対策が必要
手すり・ドアノブ・テーブル・ベッド柵・リモコンなど、入居者が頻繁に触れる場所の汚れやウイルス・細菌は、 従来通りの清掃・消毒で対応する必要があります。空気清浄機はあくまで空気中の浮遊物への対策であり、 接触感染対策の代替にはなりません。
老人ホーム経営にとっての導入メリット
空気清浄機の導入は、入居者の健康・快適性向上だけでなく、経営上のメリットにもつながります。
入居者・家族からの安心感の向上
感染症や空気環境への関心が高まるなか、「空気環境にも配慮している施設である」という事実は、 入居検討者や家族にとって大きな判断材料となります。パンフレットや見学時の説明でも、具体的な設備としてアピールしやすいポイントです。
スタッフの体調・定着にもプラスに働く可能性
施設で働く職員も、24時間体制の中で長時間同じ空間に滞在しています。 ホコリっぽさやニオイが軽減されることで、頭の重さやだるさが軽くなったと感じるスタッフもいるかもしれません。 働きやすい環境づくりは、離職率の低下や採用面での魅力向上にもつながります。
クレームリスクや感染クラスター発生リスクの低減
ニオイや空気のよどみに関するクレームは、施設への不信感を生みやすい要素です。 また、空気中の微粒子や一部の飛沫を減らすことは、感染拡大リスクを下げる一助となる場合があります。 空気清浄機は、こうしたリスクを抑えるための「保険」としての役割も果たします。
施設で空気清浄機を選ぶときのポイント
実際に導入を検討する際には、家庭用の延長ではなく、「施設設備」としての視点が必要です。
利用する部屋の用途と広さを明確にする
食堂、談話室、機能訓練室、共用廊下、面会室、個室・多床室など、どのエリアに設置するかを整理します。 各空気清浄機には「適用床面積」が設定されているため、実際の面積と用途を踏まえ、余裕を持った能力の機種を選定します。 大広間の場合は複数台の設置も検討が必要です。
フィルター性能とメンテナンス体制
微粒子対策を重視するのか、ニオイ対策を重視するのか、あるいは両方かによって必要なフィルター構成が変わります。 同時に、フィルターの清掃・交換にどれだけ手間をかけられるかも重要な検討要素です。 現場スタッフで日常的に対応できるか、業者による定期メンテナンスと組み合わせるのか、運用フローまで含めて設計する必要があります。
運転音と入居者の生活への影響
就寝中や静かな時間帯にも稼働させる場合、運転音は重要なポイントです。 特に夜間、入居者の眠りを妨げるほどの音が出る機種は避けるべきです。 静音モードや自動運転機能の有無を確認し、時間帯に応じた運転切り替えが可能かどうかをチェックします。
安全性と設置場所
高齢者が歩行器や車いすで移動する施設では、機器にぶつかって転倒したり、配線につまずいたりするリスクにも注意が必要です。 通路をふさがない位置に設置し、電源コードの取り回しも安全面から確認しておきます。
空気清浄機を「総合的な環境づくり」の一部として活用する
空気清浄機は便利な設備ですが、これだけで全ての問題が解決するわけではありません。 実際の施設運営では、換気計画、清掃・消毒体制、湿度管理、スタッフの衛生教育など、多くの取り組みと組み合わせてこそ、真価を発揮します。
とはいえ、空気清浄機の導入は、比較的少ない工事負担とコストで「空気環境の底上げ」ができる方法でもあります。 入居者の健康リスクの低減、家族の安心感の向上、スタッフの働きやすさ改善、施設イメージの向上といった観点から、 老人ホーム経営の一施策として検討する価値は十分にあります。
自施設の構造や入居者の状態、既存の換気設備や清掃体制を踏まえながら、「どのエリアの空気を、どのレベルまで改善したいのか」を整理し、 空気清浄機をうまく組み込んだ環境づくりを進めていくことが、これからの高齢者施設経営に求められていくでしょう。
